「ルポ 戦争協力拒否」

3月に書いた文章ですが…

ライブを観に大阪へ。今フェリーの中。志布志行きバス待ちの間に鹿児島中央駅の紀ノ国屋で買った岩波新書の「ルポ戦争協力拒否」を読んでいる。なかなか興味深い本だ。全体のイントロダクションである第1章の文が各章のテーマに沿ったルポ(「自衛隊員は命令を拒否できるか」「有事体制を拒否する人々」など)の冒頭で引用されるのだが、各章ごとに読む「分け読み派」には良いが、俺のような一気読み派にはウザい。まあとばせばいいんだけど。そういったマイナスポイントはあるが、よく書けている良い本だ。

特に第二章「自衛隊員は命令を拒否できるか」では、自衛隊員を「軍服を着た市民」として捉えようとする姿勢は(俺にとっては)新しく好感が持てる。9.11後、テロ特措法でアラビア海に派遣されドバイで停泊中に心筋梗塞た海自隊員は、亡くなる前の1ヶ月間に143時間の残業をしていたなど、驚くべき事実も載っている。仮に週5日勤務として25で割ると1日5時間超の残業だ(正規勤務が8時間とすると13時間労働!?)。昨日まで10時間労働していた俺から見ても、酷すぎる。料亭で高い料理つまみながら天下国家を語る政治家ども、とくにイラク派遣で偉そうに訓辞を垂れていた阿部あたりに是非とも機関室で13時間労働を体験させてやりたいものだ(俺はガテン系バイト従事者の立場からボンボン2世議員が嫌いだが、阿部は特に人間として嫌い)。同章では自衛隊の閉鎖体質が問題視されているが、まさに正鵠であろう。

3章「有事体制を拒否する人々」では、有事7法を「他の法と並列の法」として捉え、港湾関係者らの労基法を等を根拠とした拒否、各自治労の地方自治法等を根拠とした有事法協力拒否宣言をとりあげている。いずれも法律論としてマトモだし、運動としても一昔前の「左側の全体主義」のような「大所高所」に立った物言いではなく、いち労働者としての異議申し立てであり親しみが持てる。章末に著者が主張をストレートに書いているが、確かに「戦争をしないことこそが真の『国民保護』なのである」。こう言うとアホが「一国平和主義だ」と「自虐的」になるが(笑)、じゃあアメリカの一国利益主義(イラク、アフガン、ニカラグア、京都議定書)はどうなるんだよ(笑)。(NPO・NGO等を通じた国際支援や、日本の多国籍企業による「公害の輸出」や現地搾取に対する規制さえしていれば十分だと俺は思う。銃を使うより効果的だ。ただ、そのためには任意のNPOへ所得税の一部を払う制度の確立が急務だが)

4章では「自由に物を言えない社会に抗して」として、市民運動に対する公安の弾圧を報告している。こうした弾圧は新聞などにあまり載らず、テキストベースとなるのは珍しい(むしろ市民運動系の真面目なブログなどの方が詳しい)。それだけ「自主規制」が進んでいるということだろう。ビラを配っただけで捕まったケースなどが紹介されている。右翼街宣車が道交法違反(円滑な交通の妨げ)で捕まったという話は聞かない。路上のキャッチセールスは相当ウザイが野放し。総選挙の際省庁が特定政治家を省庁ぐるみで応援しているのは公然の事実だけど、彼らが国家公務員法違反減給とかあんまり聞かないね。おかしくない?


国家なんぞ、「万人の、万人による闘争」を避けるために俺たち主権者が統治を委任しているに過ぎないし、だから国家益が国民益に優越するなんてことはあり得ない。こんなこと古典政治学の基礎だ(未だに憲法に義務規定とか言ってるバカもいる。小学生からやり直せ)。
マジな話、そろそろ政治家の目を企業から国民に向けさせないとヤバいよ。「国家益」(=大企業)ではなく「国民益」を考える政治家を国会に送らないと。

脱線した。話を戻そう。著者は繰り返し、「既成事実に負けるな」「世論が大事」と言っている。いくら港湾労働者や自治労が頑張っても、世論の支持がないと戦えない。だから、既成事実にまけて「しょうがないよね」とか諦めるなと言っている。これは大事だ。
例えば女性がレイプに遭ったとしよう。既にイチモツを半分つっこまれている状態で、被害女性は「仕方ないや」と諦めて全部つっこまれてしまうだろうか?俺は男なので分からないが、暴力の恐怖と戦い、力の限り抵抗するのではなかろうか。もちろん、実際に被害に遭った方に「抵抗すべきだった」「抵抗が足りなかった」などと言う気は全く無い。嫌なことは途中からでも「嫌だ」と言いたい、という心情の比喩だ。

いやなことにイヤと言う。そうした個人の意志が問われる時代だ。本書は、そうした精神のエッセンスと具体的な方法の基礎に関する教科書である。必読。
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by g2005 | 2005-05-18 03:41
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