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S氏の問題提起 ~俺なりの考察

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http://blog.goo.ne.jp/shigeto2004/e/8030a7275e9ae0e293315afad1b02098
データを基に問題提起をされている。基礎的な点を踏まえており、議論・考察するためのいい土台となっている 

 さっそく、考察してみよう。『加えて、当時の「規制緩和」の流れの中で、雇用に関する法律の改定が行われて派遣労働の許容される業種・職種が拡大されたことが、この傾向に拍車を掛けることとなった。』とあるが、なぜ「労働の規制緩和」が行われたのか。
 俺としては、日本における「労働の規制緩和」は、結局の所「最小コストで最大利益を上げる」という企業の基本原理の体現に他ならないと思う。
 すなわち、経済の国際化を前提に、「このままでは仕事をアジアに取られる」と煽り、賃下げ、リストラ、非正規雇用の増大といった諸「緩和」を正当化したのだと思う。こうすることにより、人件費を抑制し、総コストを下げる事ができる。60年代の公害は「内部不経済の外部化」に起因するが、今日では、「不経済」として切り捨てる対象を生産過程のみならず人間まで広げたということだ。(公害では「生産に起因する廃物の処理」を外部化した=無処理で外部環境に放出した。さらに、それによって発生した環境問題・健康被害も「外部化」した)
 すでに英米では「サッチャリズム」「レーガノミックス」といった諸外国版「構造改革」が行われ、格差社会(俺は「差別社会」と言いたい)が出現している。政府・財界はこうした流れに乗り遅れれたくなかったのだろう。確かに、そうすることにより「日本」は国際社会の中で経済大国としての地位を保てるだろう。
 しかし、それで割を食っているのは大多数の国民だ。これは「お国のための戦え」の再来ではないのか。
 竹中平蔵は、少数のエリートに国民全体を引っ張ってもらうか、みんなで貧乏になるかの二者択一だ、そして前者の方が国民全体がハッピーになれるというようなことを宣っている。頑張ればエリートないし準エリートになれるという「流動性」と、最低限の生活が保障されていればこうした仕組みもそう悪くはなかろう(そうでなければ暴動が起こるだろう)。しかしご存じの通り、日本は「頑張っても報われない社会」である。「東大卒のオヤジの息子はやっぱり東大生」で、「医者の息子はやはり医者」なのである。これは資本主義の名を借りた封建主義ではないか。流動性がなくなってきていることは既に各方面で明らかにされているし、皆さんも何となく気付いているだろう。
 そもそも「労働の規制緩和」をしないとみんな貧乏、というのが眉唾ではないのか。それを実証するデータや経験はあるのか(大体、内需拡大という視点はどこへ行った?)。
 また、よその国が不当に安い人件費で総コストを下げているというなら、それは人権問題である。そのような「抜け駆け」を許さないためにILOがあるし、日本国憲法前文は、そうした人権問題解決のために努力することが日本の使命であると示している。ただ、諸外国は、世界に冠たる残業帝国である日本にだけは言われたくねーよ、と思うかも知れないが。
 そうしてみると、「規制緩和」の流れが止められないなら、せめて人事評価基準の見直し、非正規雇用者の処遇改善などによる「頑張った人が少しでも報われる」方向への「カイゼン」を望みたいと思う。
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by g2005 | 2006-03-31 15:35